資料小展示2021

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令和3年(2021年)度の展示
  • 第1回:陶氏の発給文書(2)(和田)
  • 第2回:臨画・臨書〜お手本通りに描(書)く〜(山本)
  • 第3回:明治期山口県の相撲興行~河野家文書の紹介~(山﨑)
  • 第4回:お殿様、狩へ行く(吉田)
  • 第5回:唐招提寺と萩藩(河本)
  • 第6回:魅せる!ようこそ長門峡へ(淺川)
  • 第7回:本と目録~多賀社蔵書の管理と利用~(重田)
  • 第8回:毛利元就の自筆書状(和田)
  • 第9回:囲碁・将棋の狂歌 ~本因坊算砂(さんさ)~(山本)
  • 第10回:萩藩の張付師・表具師~藩の表具仕事を担った職人たち~(山﨑)

令和3年(2021年)度 第10回資料小展示

萩藩の張付師・表具師 ~藩の表具仕事を担った職人たち~

 張付師・表具師は、書籍、掛軸、巻物、屏風、ふすまなどの表具仕事を行う職人です。萩藩にはお抱えの張付師・表具師がおり「御手張付師」と呼ばれました。時期により増減があるものの7家前後の家が活動していました。
彼らの中には、藩主毛利家が所蔵、利用する品々に関わる仕事を任された者がいる一方、藩の諸役所で作成される記録の製本、表装、修理を請け負う者もいました。藩の文書管理、文書保存の一端を担う存在でもありました。
今回は、萩藩の張付師・表具師たちに関する資料を紹介します。

 

「無給帳」
(毛利家文庫52給録)
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※解説資料は展示終了後アップします。

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令和3年(2021年)度 第9回資料小展示

囲碁・将棋の狂歌 ~本因坊算砂(さんさ)~

 江戸時代の囲碁・将棋の名手、本因坊算砂が著した囲碁と将棋の狂歌を紹介します。元和3年(1617年)3月の作で、彼の自筆とされる狂歌が京都の寂光寺に伝えられています。今回は、毛利家に伝来した写しを展示します。
囲碁・将棋における心構えなどが、それぞれ11か条ずつ語られています。人生訓にも通じる本因坊算砂の言葉を味わってみてください。

 

「囲碁・将棋之狂哥」
(毛利家文庫遠用物近世前期2520)
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※解説資料は展示終了後アップします。

  • 会 期 :令和4年1月5日(水)~2月24日(木)
    ※1/25(火)~2/6(日)は資料点検期間のため閉館です。
  • 閉館日 : こちらでご確認ください
  • 会 場 : 文書館閲覧室
  • 観覧無料

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令和3年(2021年)度 第8回資料小展示

毛利元就の自筆書状

 毛利元就(1497~1571)は,安芸国高田郡吉田(現,広島県安芸高田市)を本拠とした戦国大名です。一代で,安芸国の山間部の一国人領主に過ぎなかった毛利家を,中国地方8ヶ国を支配する大大名に押し上げます。萩藩の藩祖であり,毛利家中興の祖ともいえる人物です。本年は,ちょうど元就没後450年にあたります。
今回の展示では,当館所蔵史料の中から,この毛利元就の発給した自筆の文書を紹介します。書は人となりを表すと言われます。元就の筆跡から,元就とはどんな人だったのかについて,あれこれ想像をめぐらすのも面白いかもしれません。

 

「毛利元就自筆書状」
右田毛利家文書貴重14‐2
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令和3年(2021年)度 第7回資料小展示

本と目録~多賀社蔵書の管理と利用~

 18世紀後半から19世紀前半にかけて、多賀神社(山口市)の大宮司を務めた高橋有文は、蔵書などの目録を数度にわたって作成しています。
約15年おきに作られた目録は、排列も目的も様々です。これらの目録がどのように作られ、使われたのか、蔵書の管理と利用の様子と併せて紹介します。

 

「山口多賀大神宮御文庫書目 乾」
(文政7年[1824])
多賀社文庫2
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令和3年(2021年)度 第6回資料小展示

魅せる!ようこそ長門峡へ

 大正から昭和初期にかけて、わが国はすさまじいばかりの観光旅行ブームを迎えたとされます。それは、江戸期の庶民の旅行熱を想起させるような社会現象であったとも言われます。当時のこうした世間の熱狂うを後押ししたのが鉄道網の広がりでした。
今月の小展示では、長門峡の観光開発にまつわる資料を紹介します。「神秘的」「美しい」の強調だけではなく、観光地としてのブランド創出に向けて練り上げられた地域戦略の数々を探ってみることにします。

 

「日本勝景 長門峡案内図」
(大正10年 長門峡保勝会発行)
土山家文書609
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令和3年(2021年)度 第5回資料小展示

唐招提寺と萩藩

  奈良の唐招提寺は、苦難の末に来日し戒律を伝えた鑑真を開山とするお寺です。朝廷の衰退にともなって経済的に困窮し、巨額の費用がかかる堂宇の再建・修復は、なかなかできませんでした。  
江戸時代になると、同寺は幕府に援助を求めたり、資金集めの勧化(勧進)を行いました。今回の展示では、唐招提寺が行った勧化と萩藩の関係を示す史料を紹介します。

南都招提寺絵図(木版刷) 
毛利家文庫遠用物近世後期162(13の13)  
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令和3年(2021年)度 第4回資料小展示

お殿様、狩へ行く

 江戸時代の将軍や大名は、狩にでかけることがしばしばありました。例えば「鷹狩」はたいへん有名で、将軍で言えば、初代将軍・徳川家康や8代将軍徳川吉宗が好んでいた話はどこかで耳にされたことがあると思います。
 萩や徳山の藩主も例外ではなく、国に帰ると狩に出かけています。今回の展示では、徳山藩第7代藩主毛利就馴(なりよし・たかよし)の事例から、大名が行っていた狩について紹介します。

 
安永9年[1780]「御居間日記 安永9年6月9日条
(徳山毛利家文庫「御居間日記」304)
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令和3年(2021年)度 第3回資料小展示

明治期山口県の相撲興行 〜河野家文書の紹介〜

当館が所蔵する河野家文書(山口市)には、明治期(~明治30年代)、山口県内での相撲興行に関する文書約80点があります。同家が「相撲世話人」(相撲興行主)として活動したことに関わり残されたものです。この中から、明治期の相撲興行のようすを伝える、帳簿、証文、免許状、勝負帳などを紹介します。

 
明治19年[1886]「山口米殿小路町
おゐて相撲稽古連名之図」
(河野家文書〈山口市〉611)
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解説資料(3.0MB)
 web版(7.0MB)

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令和3年(2021年)度 第2回資料小展示

臨画・臨書 〜お手本通りに描(書)く〜

 お手本となる絵をよく見て、お手本通りに描き写すことを「臨画」と言い、明治期の図画学習の中心でした。また、書道で、お手本を傍らに置き、字形や筆遣いなどをよく見て字を書くことを「臨書」と言います。
  今回の小展示では、明治期の小学生による絵画・習字の作品と、そのお手本となった教科書を紹介します。作品とお手本を見比べて、当時の学びの一端を感じ取ってください。

 
上:「尋常小学 毛筆画帖 第六学年 女生用」
(教科書文庫 明治43-17)
下:「第三回学芸展覧会成績品図画部」

(小野家文書409-8)

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令和3年(2021年)度 第1回資料小展示

陶氏の発給文書(2)

 当館所蔵史料の中から、陶氏当主の名前で出された文書を2回にわたって紹介する展示の第2回目です。
今回は、一門の重臣として大内家を支えながら、主君の大内義隆を自害に追い込んだことで著名な隆房(晴賢)の文書を紹介します。本年は、ちょうど隆房(晴賢)生誕500年に当たります。

 

 

陶隆房書状
(右田毛利家文書貴重4-25)
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解説資料(1.3MB)
 web版(6.4MB)

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過去の小展示  

 

 


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