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明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」
  • 第1回 :「維新の三傑」と山口とビール(山﨑)   
  • 第2回 :「明治双六」でたどる近代日本ー1868〜1903ー(山本)
  • 第3回 :「奇兵隊士のいでたち」(金谷)
  • 第4回 :「新収資料紹介 長井家文書 ―書状にみる長井雅楽―」(吉田)
  • 第5回 :「幕末の唄〜トコトンヤレ節・ちょぼくれ節」(金谷)
  • 第6回 :「明治初年 大村益次郎の手紙」(山﨑)
  • 第7回 :「近代に祀られてー行政文書(神社関連資料)にただよう時代の雰囲気ー」(淺川)  
  • 第8回:「「万国博覧会参加の記録 ―1893年シカゴ万国博覧会―」(山本)
  • 第9回:「明治期 華族の日常」(吉田)

明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」 第9回

「明治期 華族の日常」

  「明治」の世を迎え、江戸時代の大名は「華族」となりました。時代の変化に伴って、彼らもこれまでとは違った生活を送ります。
 今回の展示では、文書館所蔵の毛利家文庫の中から、これまであまり知られてこなかった明治期の華族の日常を紹介します。


 


 


「御奥日記」

(毛利家文庫5忠愛公115(19の7))

(解説シートは展示終了次第掲載します)

 

 

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明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」 第8回

「万国博覧会参加の記録 ―1893年シカゴ万国博覧会―」

 万国博覧会は1851(嘉永4)年,ロンドンではじめて開催され,その後,西ヨーロッパ各国でたびたび開かれました。万博には,最先端の工業製品をはじめ,諸外国の物産が出品されたことから,万博は「西洋各国の物産に触れ,機械技術を伝習する場」,また「日本製品を紹介し,諸外国へ売り込む場」と認識され,日本も積極的に参加しました。
今回の展示では,1893(明治26)年のシカゴ万博(閣龍世界博覧会)の資料を紹介します。

 


 


「臨時博覧会事務局報告附属図」

(梶山家文書1950)

(解説シートは展示終了次第掲載します)

 

 

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明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」 第7回

「近代に祀られてー行政文書(神社関連資料)にただよう時代の雰囲気ー」

 
  今月の資料小展示では、当館所蔵の重要文化財「山口県行政文書」のうち、神社関連資料に焦点をあてて、「先人の功績を称える」「先人に学ぶ」「面影を慕う」という時代の雰囲気を眺めてみようと思います。 「神社事務」「官国幣社一件」に綴じこまれた、神社の創建や社格の昇格申請にまつわる「由緒書・境内見取図・建築図面・建築仕様書・写真」などを紹介することにします。
野田神社(山口市)、吉香神社(岩国市)、祐綏神社(周南市)、松陰神社(萩市)、乃木神社(下関市)、伊藤神社(光市)の事例として取り上げます。
「顕彰」や「神格化」に映された時代相を理解することができます。

 



 

野田神社境内見取図(大正四年)

「官国幣社」

(戦前B文書課604)

解説資料(1.50MB)

 

 

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明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」 第6回

「明治初年 大村益次郎の手紙」

  当館所蔵「大村益次郎文書」は、大村家に伝来した大村益次郎に関する文書群です。この中には、幕末から明治初年にかけ、木戸孝允をはじめとするさまざまな人びとから大村に宛てられた多数の書状とともに、大村が父に宛てた書状9点、妻琴に宛てた書状4点が残されています。
後年大村は、その功績から、「近代軍制の創始者」「軍神」とも称される人物です。また司馬遼太郎『花神』では、天才的な軍才をもった合理主義者、ただし無愛想で少し気難しい人物として描かれています。
当館に残る父や妻宛ての書状からは、等身大の大村を垣間見ることができます。今月はその中から、明治2年(1868)8月25日に妻琴へ、10月18日に父へ宛てた大村の書状を紹介します。大村が滞在先の京都で兇徒に襲われ(9月4日)、その傷が元で命を落とす(11月5日)直前の手紙です。倹約家としての大村、父親思いの大村の姿をそこに見ることができます。
 

 


 


「大村益次郎書状(琴宛て/部分)」

(大村益次郎文書41)

 解説資料(0.84MB)

  • 会 期 : 平成30年6月30日(土)~7月29日(日)
  • 閉館日 : こちらでご確認ください
  • 会 場 : 文書館閲覧室
  • 観覧無料

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明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」 第5回

「幕末の唄〜トコトンヤレ節・ちょぼくれ節」

  幕末期の多くの事件は、文字で書かれたもののほかに、調子のよい七・五調にのせて歌われ、また語られて人々のあいだに知られていきました。ここで紹介する「ちょぼくれ」もそのひとつです。

 「ちょぼくれ」は江戸時代後期に説経節や人形浄瑠璃・歌舞伎の「クドキ」の影響を受け、タイムリーtrash:/a.pdfな話題を聴衆におもしろおかしく、興味をそそるように聴かせたものです。で起きた事件を題材に作られ、歌われ(語られ)ました。まさに今日でいうニュースの一形態といえるでしょう。当館の塩田家文書にのこる、「大田・絵堂の戦い」を題材にしたちょぼくれを紹介します。大田・絵堂の戦いは元治2年(1865)正月、美祢市美東町の大田・絵堂を主戦地として、萩藩政府の正規軍である先鋒隊(撰鋒隊)と、高杉晋作ら諸隊との間で戦われた長州藩の内戦です。1月6日の夜半に諸隊側の奇襲で始まった戦闘は、10日間の交戦で諸隊が勝利しました。

  また慶応4年(1868)、戊辰戦争が始まると、長州などの倒幕軍(新政府軍)の立場で歌った「宮さん宮さんお馬の前にヒラヒラするのは何じやいな あれは朝敵征伐せよとの錦の御旗じや知らないか トコトンヤレ、トンヤレナ」で知られる「トコトンヤレ節(トンヤレ節)」が流行しました。作曲は大村益次郎ともいわれるものの確証はありません。作詞は品川弥二郎です。

 


 

「美祢郡大田絵堂戦ちょぼくれ節」

(塩田家文書1029)

解説資料はこちらのシートナンバー20と22をご覧ください

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明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」 第4回

「新収資料紹介 長井家文書 ―書状にみる長井雅楽―」
  幕末、萩藩(長州藩)の政治を主導した人物のひとり、長井雅楽(時庸、文政2年[1819]~文久3年[1863])はあまりにも有名です。彼は「航海遠略策」を掲げ、公武の和合を訴えましたが志半ばで失脚し、文久3年2月6日、藩命により自刃しました。享年45歳。ところで、幕末史における長井雅楽の政治的活動はこれまで注目されてきましたが、彼の「人となり」についてはどうでしょうか。このたび当館に寄贈された長井家文書には、雅楽と家族との間で遣り取りされた30通あまりの書状が含まれています。そこには、夫として、父として、長井家の長としての雅楽の「思い」が、また家族の間だからこそ表せた「本音」がしたためられています。今回の展示では、「政治家」としての長井雅楽からは離れ、家族を持つひとりの「人間」としての一端を御紹介いたします。

 

 


 

「長井時庸書状」

(長井家文書135)

解説資料(0.34MB)

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明治150年記念 資料小展示「文書館資料にみる幕末・明治の人・物・文化」 第3回

「奇兵隊士のいでたち」
  当館の「元森家文書」から、奇兵隊士だった元森熊次郎の軍服・軍服着衣の写真・奇兵隊の袖印を紹介します。「元森家文書」は諸隊士のまとまった遺品として貴重で、軍服を納めた箱の蓋裏書や書簡からは、彼の活動の実状がうかがえます。

 

 


 

「奇兵隊士元森熊次郎写真(湿板写真)」

(元森家文書43)

解説資料(PDF4.75MB)

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