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文書群名 佐々木家文書(山口市)
分類 諸家文書> 佐々木家文書(山口市)
点数 546
伝来地
目録内容 閲覧室目録
組織歴・履歴 宇多源氏。近江佐々木氏の祖で鎌倉期に長門国守護も務めた佐々木定綱の七男行綱の子孫が,長門国美祢郡伊佐別府(現,美祢市)を本拠として伊佐氏を名乗り,室町期以降は大内氏ついで毛利氏に仕えた。この流れを汲む佐々木氏(伊佐氏)には,江戸時代に萩藩士として活動した家もあるが,この佐々木家は,遅くとも宝暦検地以前に帰農し,給領庄屋や蔵入地の畔頭を務めている。/天保5年(1834)生まれの佐々木行実(祐之助,祐太郎,巡佐)は,農兵,二番小隊,御楯隊,鴻城軍等に加わり,慶応3年(1867)には藩士に取り立てられ,同家は再び士分となった。その後,行実は第一大隊などに所属し,戊辰戦争にも従軍した。明治以降は,吏員や中尾村聨合会議員教員,中尾村衛生委員,中尾村勧業委員のほかに出雲大社教会の教師も務めた。巡佐(行実)の長男正一は,明治40年代に下宇野令村や吉敷村の村長を務めたほか,様々な地域の公職を務めている。
内容 近代以降の佐々木家の人々の辞令や感謝状の類が大部分を占める。なかでも,正一に関わるものが分量的にもっとも多く,正一の父行実と,正一の二女で吉敷郡内の小学校の訓導を務めたアイのものがほぼ同じくらいまとまって残っている。前近代のものは,少量であるが,勤功・仕成や辞令類が中心。それ以外では,行実が戊辰戦争に従軍した際に使用した旗や諸隊の袖印もある。/なお,近代の辞令や感謝状類は全体的に保存状態が非常に良く,経年による劣化を感じさせないものが少なくないのが特長。
論文・翻刻
関係地域
キーワード 給領庄屋/畔頭/萩藩士/諸隊/村長/教員
文書の年代 延享3(1746)〜昭和34(1959)

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