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文書群名

三輪家文書

分類

諸家文書  >  三輪家文書

点数

88

伝来地

目録内容

閲覧室目録

組織歴・履歴

三輪家は,江戸時代に数代にわたって萩藩領舟木宰判船木市(現,宇部市船木)に居住し,酒造を営むかたわら市年寄などを務めていた家。同家は,当地のお茶屋門前脇に屋敷を構え,藩主が御国廻りで滞在した際はお目見えを許されていた。しかし,宝暦8年(1758)の大火で大損害を蒙り,文化10年(1813)に親類の木村家を頼って先大津宰判小田村(現,長門市)に移住した(NO10)。その後,三輪七右衛門は,小田村の近隣の向津具上村(現,長門市)の庄屋を務め,一代帯刀を許されている(NO8)。/また,三輪家は江戸時代の初めから代々,萩藩一門の大野毛利家とつながりが深く,大野毛利家当主から仮名を授けられたり,館への出入りを許されたりもしている。両家の接点は明確には不明ながら,大野毛利家の先祖にあたる吉見氏の家臣に三輪氏がいることから,この三輪家はその流れを汲む家で,旧主家と一貫して関係を保っていたのではないかと推測される。/なお,木村家は先大津宰判後畑村(現,長門市)に居住し,近隣の小田村や野田村の庄屋などを代々務め,三輪家と同じく数代にわたり大野毛利家の館への出入りを許されていた家である。経済的行き詰まりのためいったん断絶したが,木村伝兵衛が母の実家である三輪家を継いで三輪権兵衛と名乗り,家を再興した(NO4)。

内容

三輪七右衛門が,先大津宰判向津具上村(現,長門市)の庄屋に任命された文書(NO10)を除けば,三輪家が「家」としての活動により作成・授受した文書からなる。なかでも,大野毛利家との深いつながりをうかがわせる文書が大半を占めており,大野毛利家初代就頼(政春),2代就詮,本来は就詮の後継者であった就豊や広為の書状など,比較的早い時期のものがまとまって残っているのが特色である。その他,三輪家が舟木から小田へ移住した際の願書(NO11〜12)は,村役人クラスの家が宰判を越えて住居を替えた際の事情や手続きがうかがえる好史料である。

論文・翻刻

『防長風土注進案』19 前大津宰判(山口県文書館,1962年)。

関係地域

宇部市・長門市

キーワード

市年寄/庄屋/大野毛利家

文書の年代

寛永14年(1637)〜明治5年(1872)

選択中文書群名

三輪家文書

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