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文書群名

重冨家文書(山口市)

分類

諸家文書  >  重冨家文書(山口市)

点数

54

伝来地

目録内容

閲覧室目録

組織歴・履歴

元山口県士族。重冨三郎は元治2年(1865)に幕末諸隊の一つである多治比隊に属していたことが知られる。その後,伊藤博文に高位高官を以て公職に就くように誘われたが,固辞したという。重冨家は昭和戦前期に朝鮮に移住し,重冨保彦は朝鮮総督府鉄道局などに技師として勤務したが,終戦後引き揚げた。

内容

内容的には,1履歴,2土地経営,3書簡類,4地図,5その他に大別される。このうち,2土地経営には朝鮮在住時の地税名寄帳や小作料取立帳などが含まれている。また3書簡類には,重冨家との関わりは不明ながら,杉孫七郎・品川弥二郎・宍戸?等々,維新後に明治政府で活躍した山口県出身者が出したものが含まれている。そして,4地図は大部分が東宮(後の昭和天皇)御成婚を記念し,大阪毎日新聞社が大正12年(1923)から附録として発行した日本交通分県地図である。5その他には,徳山藩御用絵師である朝倉南陵の最晩年の画がある。

論文・翻刻

関係地域

キーワード

朝鮮/杉孫七郎/品川弥二郎/地図/朝倉南陵

文書の年代

天保14年(1843)〜昭和39年(1964)

選択中文書群名

重冨家文書(山口市)

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