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佐川家が、畔頭として出稼漁業のための手形発給などに携わったことに関係する文書群。佐郷島には田畑が少なく、漁業以外の収入がほとんど得られなかったために、出稼漁業に従事する者が多く、肥前・壱岐などの鯨組に雇われ、双海船などに乗り込んだ。
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81
手形(鯨組江参り申す与市右衛門ほか往来手形取計之儀につき)
佐川家(平生町佐合島)626-24
戌年11月
状1
82
手形(御地元右衛門惣海江罷下芳松ほか往来手形取計之儀につき)
佐川家(平生町佐合島)626-16
83
手形(佐賀村喜三右衛門五島鯨網江罷越につき往来御手形御願出のこと)
佐川家(平生町佐合島)55-34
戌年10月29日
84
手形(七兵衛惣海舸子に雇れ罷越につき往来御手形のこと)
佐川家(平生町佐合島)55-38
10月16日
85
〔河内山小左衛門書状〕(私存内より鯨組罷越につき手形のこと)
佐川家(平生町佐合島)55-18
10月17日
86
〔河内山源右衛門書状〕(惣左衛門壱州鯨組江其御地より出津希望につき)
佐川家(平生町佐合島)3706
10月23日
87
〔善左衛門書状〕(当所与介雇れ五島表へ罷下につき往来御手形御調依頼)
佐川家(平生町佐合島)3233
11月17日
88
〔五島鯨組江被雇罷下につき往来願出覚〕 ※前欠
佐川家(平生町佐合島)975
89
一札覚(益富組雇入之双海船頭藤四郎船乗組弁助病死につき)
佐川家(平生町佐合島)972
寛政7年[1795]2月3日
90
一札覚(益富組雇入之双海船頭藤四郎船乗組宝積利左衛門病気につき)
佐川家(平生町佐合島)973
91
一札覚(益富組雇入之双海船弥七船乗組宝積ノ百松病死につき)
佐川家(平生町佐合島)974
寛政7年[1795]3月15日
92
〔佐川市兵衛書状〕(私存内双海船頭清左衛門御地ニ而病死につき礼状)
佐川家(平生町佐合島)976
11月13日
93
〔黒崎屋茂兵衛書状〕(双海中貸シ銭不足につき)
佐川家(平生町佐合島)3661
7月10日
94
〔畳屋又吉書状〕(双海御世話につき鯨進上)
佐川家(平生町佐合島)3669
3月
95
〔福井吉右衛門書状〕(双海御世話につき礼状)
佐川家(平生町佐合島)3141
4月6日
96
〔書状ほか括り〕
佐川家(平生町佐合島)750
括1
97
〔中上栄助・土肥弁蔵連署状〕(御支配内より雇入候双海加子之義につき)
佐川家(平生町佐合島)750(23の1)
10月11日
状※1
98
〔他国行往来御手形願書控帳ほか綴〕
佐川家(平生町佐合島)626-7
(宝暦6年[1756]カ11月~明和1年[1764]カ1月)
横長1
99
〔鯨組雇い関係文書括り〕
佐川家(平生町佐合島)626-5
100
手形(其元清吉惣海江雇る私存内善蔵往来手形につき)
佐川家(平生町佐合島)626-5(7の1)
宝暦7年[1757]10月3日