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- 文書群名
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市川家文書(千葉県)
- 分類
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諸家文書 > 市川家文書(千葉県)
- 点数
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235
- 伝来地
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千葉県
- 目録内容
- 組織歴・履歴
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市川家は萩藩士である。本文書群は、市川七右衛門家(国司隼人志道太郎右衛門組(御手廻組))および市川三右衛門家に伝わったものである。
- 内容
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文書群のうち、No.1(10の1)(10の2)(10の9)(10の10)・5(8の1)(8の3)(8の5~8)・6(10の3~8)・7(17の8)・8(7の1)は、『閥閲録』に写しが掲載されている文書の原本にあたる。その内容は、毛利家臣の市川経好の活動にかかわるものに始まる。経好の縁者として著名な妻・市川局に関する文書もある(No.1〈10の2〉)。また、井原元栄の受給文書が含まれるが、これは元栄が「元栄母方祖父井原彦右衛門元良別而依懇意養育」のため、「改市川号井原」としたことに由来する。 市川家の歴史を考えるうえで注目されるのが武術書の類である。幕末頃に名前がみえる市川伊右衛門は、柳生流の杖術(No.35)や片山流抜剣術(No.37)、柳生新陰流(No.39)などを修めている。幕末~明治頃に活動した市川好刀も武術を修めており、No.11の巻子に装幀される種々の辞令にみられるように、山口県において「教習所撃剣取締」(16の4)や「撃剣教授兼世話掛」(16の5)、「練習所巡査剣引立掛」(16の7)といった役職を担っていることから、明治頃までの市川家は、武道を修めこれを生業とする家であったとうかがえる。 好刀については、その人物について記した概伝があるうえ(No.11〈16の1〉)、書画や詩歌から交友関係をみることができる。たとえば、「越府松本」なる人物が還暦祝いを好刀に贈っている書があり(No.83)、市川元輔が没した際には、旧萩藩士の近藤清石らが哀悼歌を詠み、贈っている(No.92)。
- 論文・翻刻
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『萩藩閥閲録』第二巻・第四巻
- 関係地域
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- キーワード
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萩藩士/御手廻組/市川経好/井原元栄/市川好刀
- 文書の年代
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天文19年(1550)~大正6年(1917)