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- 文書群名
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片山家文書(下関市豊浦)
- 分類
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諸家文書 > 片山家文書(下関市豊浦)
- 点数
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1669
- 伝来地
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下関市豊浦
- 目録内容
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閲覧室目録
- 組織歴・履歴
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片山家は、江戸時代末から明治初期にかけ豊浦藩領の涌田後地村や吉永村(現下関市)の庄屋を勤め、明治期には黒井村長、豊浦郡会議員ほか地域のさまざまな公職に就任し活動した家。経済活動としては、地主経営や金融のほか、下関との間で米麦、油、生蝋、油粕などの商いを行っている。大敷網との関わりも知られる。文書から、片山家が就任した公的な役職として以下のようなものが確認できる(期間は大まかなもの)。〇涌田後地村・吉永村庄屋(吉永支配村長):慶応3年(1867)〜明治5年(1872)〇入会山野下戻運動・涌田後地村総代:〜明治18年(1885)ヵ〇地押丈量地主総代:明治19年(1886)〜21年(1888)ヵ〇黒井村村長:明治22年(1889)5月〜29年(1896)3月〇豊浦郡会議員:明治29年(1896)9月〜〇豊西東村軍人優待会総代:明治28年(1895)〜明治38(1905)ヵ〇黒井村区長:明治37年(1904)〜〇黒井村農会委員:明治42年(1909)〜大正元年(1912)ヵ
- 内容
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幕末期から明治初期、片山家が涌田後地村・吉永村庄屋(吉永支配村長)などを務めたことに関わり同家に残されたもの(1近世庄屋・明治初期村長)、明治〜大正期、黒井村村長、豊浦郡会議員をはじめ地域のさまざまな公職に就いたことに関わり同家に残されたもの(2近代諸役)、江戸時代〜昭和期、片山家の家としての活動に関わるもの(3片山家)、という3つに大別される。幕末〜明治初期という短い時期におけける豊浦藩領の庄屋文書としてまとまっていること、往来手形が大量に残ること、近代のさまざまな公職に関する文書が含まれること、近世〜近代の売買証文・金融証文が大量に残されていることなどが特長。
- 論文・翻刻
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『豊浦町史』・『豊浦町史二』(豊浦町)/ 『山口県史 史料編』近世7(山口県)
- 関係地域
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下関市豊浦
- キーワード
- 文書の年代
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延宝6年(1678)〜昭和3年(1928)