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- 文書群名
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熊野家文書(防府市)
- 分類
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諸家文書 > 熊野家文書(防府市)
- 点数
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60
- 伝来地
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- 目録内容
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閲覧室目録
- 組織歴・履歴
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家伝によれば,熊野家はもと大内氏の家臣で,大内氏滅亡後に毛利輝元に仕え,近世には萩藩一門・右田毛利元倶の家臣となり,元倶の命で苗字を母方の竹屋に替えたが,のち熊野に復したという(NO.24)。幕末頃の右田毛利家分限帳には,禄高37石の「小臣通」として熊野岩蔵の名が見える(『防府市史 史料2 上』)。なお,竹屋氏は,上司氏・得富氏と並ぶ国衙候人の家柄で,一族の中には大内氏やその重臣陶氏の家臣となった家もある。詳細は不明ながら,竹内氏も熊野氏や竹屋氏と縁続きのようである。
- 内容
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本文書群は,(1)右田毛利家臣としての活動に関わる文書,(2)熊野家の「家」としての活動に関わる文書,(3)明治期に牟礼村外一ヶ村戸長を務めたことに関わる文書,に大別される。(1)には,17世紀の宛行状や給地坪付が含まれており,萩藩一門右田毛利氏の領政の一端をうかがわせる。
- 論文・翻刻
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▼『防府市史』史料2(1996) ▼『山口県史』史料編中世2(2001) ▼『山口県史』史料編近世7(2014)
- 関係地域
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防府市
- キーワード
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大内氏/陪臣(萩藩右田毛利家臣)/戸長(牟礼村・江泊村)
- 文書の年代
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天文2年(1533)〜明治32年(1899)